記憶につながれたまま、

日々思うこと

たまに幼稚園の頃を思い出したりして。

 

やたらと先生に叩かれたり、外へ連れ出されて、廊下に立たされたり、

みんなとは別の場所で説教を受けたりと、よく泣いていた場面を思い出すのですが。

 

わたしはとんでもない悪ガキだったんだろうと反省します(ウソです、してません。)

 

いや、ただ単にその女の先生とわたしが合わなかっただけなのか。

 

わたしの父は、確かその先生が美人だったといってフルネームで覚えていました。

そのおかげでわたしも今でもフルネームで記憶にあるなぁ〜笑

 

幼稚園って環境で、全体行動を学ばされ、矯正された。

ひとり違った行動をとる子供がいると、先生が注意して正そうとしてたんだろうなと。

 

そしてわたしはそこで矯正されて、小学生になるんですけどね。

 

叩かれたり、ひとりぼっちにされたり、泣かされたり、嫌な目に遭いますからね。

なるべくまわりと同じように振る舞うことをもう学んでるんですね。

 

なので、まわりの目があった上で、自分の行動を決めないといけないような。

出る杭は打たれますから。

自分の心から出た行動なんてないんですよ小さいころはとくに。

(いや、今もないのか。。。)

 

自分の「やりたい!」と思ったことなんて記憶にないんですね。

反射的に殺すようになったんだろか?〇〇が入ってるからソフトボール少年団に入ったりと。

 

やりたい!がない、子供でしたねー思えば。

(今もそうなのかもしれない。。。どうしよ。。)

 

クラスが変わったりしますし、ストレス多いですよねー子どもの頃って。

 

あの辺りにいれば気づかれずに、邪魔にもならずに、嫌われずに、過ごせるんじゃないかな。

と、人の目を気にして生きていくんですね。

 

いつも、常に、平均もしくは目立たず、

良くも悪くもない場所を見つけて、楽しいわけではなく、楽しそうに振る舞うんですね。

 

もう自分を殺して生きていくことを幼稚園で学んでたんだなと思い出すわけです。

 

 

たしか小学6年のころ、卒業証書をもらうのが全学級のうち一番最初で。

(6年1組だったのですが、その時身長が一番小さいわたしが

トップになったんですね。なぜ出席番号順じゃなかったんだろ?)

 

校長先生が卒業証書をずーっと読み上げるのを壇上で待って、受け取るんですね。

後の人たちは以下同文?だったか、スラーっと受け取っていくんですけど。

 

ひとりだけ他の生徒とは違う環境というのは辛くて辛くてほんと仕方がなかった。。

 

結局、殺しすぎた小中学時代を終えて、高校でデビューするんですけどね。

 

高校に入ると、全然知らない人たちばかりだから。

 

殺さなくていい、さらけ出していい。と思えるようになるんですね。

少し幼稚園時代の記憶がモヤっとしたのかも。

 

でもさらけ出すのは難しいんですよ、大学へ行って、社会人になっても

 

すこしずつさらけ出すことを実践していく感じで。

 

 

でも、さらけ出してもまったく自分の考えが通用しない人たちが現れるんですね。

 

その人たちと相対すると、「まったく通用しない」と、粉々に壊れてしまって。

 

人って怖いなぁとバリアをはることをまた思い出すんですね。

 

バリアをはって、なるべく内面を見せる人は限定していこうと20〜30代は生きていた気がします。

 

そして結婚して、自営業のような会社組織を作ったりなど、初めて尽くしが目白押しでして。

 

楽しかったし、大変だったし、もう二度とやりたくないとか、まぁ幸せな時間を過ごせたんですね。

 

妻と話をしている時間が最高に幸せな時間のうちの一つなのですが、

 

 

そんなわたしは、幼稚園て遠い昔なのに、そんなときに作られた気がして。

 

今がおもしろくて幸せなので、過去は全て感謝しかないんですが。

 

過去は過去で。

明日の自分には関係ないので。

記憶にひっぱられないよう、横に置いといて、動かなきゃとは思ってるんですよ。

 

 

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