こんばんは。わたしです。
着物屋をしていた頃、何が一番大変だったかというと、お客さんと会話をすることでした。
お客さんと会話ができないと、お客さんが何を求めていて、どんなものが好きで、どんなことが嫌いで、といった情報が入ってきません。着物屋は商売人です。お客さんが何を求めているか、どういう理由でどういったものを探しているか、突き止めて提案しなきゃいけないんです。
じゃあ着物の知識を本で身につけようとすれば会話ができるようになるかというと、これがまったく身につきません。断言できます。わたしも着物の知識の本を読みましたが、頭に入った試しがない。興味のないことは、やっぱり頭に入らないんです。

それでも、着物の知識はつけておいた方がいいに決まっています。お客さんとどこで意気投合するかわからないからです。ただし、着物の知識だけでお客さんと会話すると、「この人は着物を売ることしか考えていない」と見透かされます。それはダサいんです。着物の営業してるから、着物の知識をつけただけなのに。ダサくみられるんです。悲しい。着物を売りたいけど、それをオシャレにこなすために、茶道や文化や歴史の話を間に挟んでいく。それができる人が、商売上手な着物営業マンなんだと思います。
営業トークのつくりかた
わたしは鹿児島生まれです。これだけで、着物業界の中では会話のきっかけを作ることができます。
着物のことをなんとなくでも知ってる人たちは、「鹿児島=大島紬」という連想が浮かびます。そこでわたしは、こう言うことにしていました。
「鹿児島で着物屋してるので、大島紬を取り扱ってるところは多いんですよね。なので、うちは大島紬は扱わずに、染め物ばかり扱ってます」と言って、染めの着物を提案する。
久留米の木綿の企画展を開催したときは、こう言いました。
「やはり鹿児島生まれなので、九州で生まれた木綿の方が肌に合ってる気がするんですよね。」
営業トークです。でも、これが伊勢木綿の企画展になると、まったく逆のことを言います。
「鹿児島生まれなんで、ちょっと離れた地域の木綿に、憧れたりしますねぇ」
同じ「鹿児島生まれ」という自分の属性ひとつで、真逆のことを言い分けます。
お客さんはそんなこと気にしません。お客さんが主役ですから。その場の会話が弾めばいいんです。
結局、知識は誰かと繋がるための道具でしかない
こうやって振り返ると、着物の知識というのは、暗記して披露するためのものじゃなかったんだなと思います。目の前のお客さんと、どこで話を繋げられるか探るため、連想ゲームのためのものでした。
これから着物業界で働こうとしてる人が、もし本を読んで「頭に入らないな」と感じてるなら、それは当たり前のことです。知識は、誰かとの会話の中で使って初めて、自分のものになっていくんだと思います。
利休と秀吉が対立してたことを歴史の中で知ってれば、利休好みの人に、秀吉が好みそうなものを提案しないでしょう。モノトーンが好きなら、利休好みかな?とか、なんとなく、勝手に想像して、あたりをつけて、シックなものを提案するでしょう。「森田空美さんが好きなんです」というお客さんがいれば、シンプルな色無地の着物に、柄帯を合わせたいのかな?とか、だいたい想像がつくでしょう。
身体の大きい人は、身体が大きいことをコンプレックスに思ってる人もいれば、自分の長所だと得意げに披露する人もいます。前者なら、大きい柄は避けた方がいいかな?とか、後者なら大きい柄で大胆なものを提案するとか、その人がどちら好みか、ばかり注意深く見るのが着物屋さんだと思います。
そういうものの中に、お客さんの好きな色や、好きな柄や、好きな季節、好きな模様、色々と絡み合って、ちょうどいい着物を提案できたときは最高に嬉しいです。そこが着物屋の面白いところですねぇ。
着物屋辞めてるので、無責任なことを言いましたが、着物屋さんで働く人は、着物の知識だけでなく、地方のことや、歴史とか、そういうことに自然と意識が向いて、お客さんがどんなこと喋ってたなぁとか、そんなことから知識が繋がって、定着するんじゃないかと。
まずは、自分の出身地と着物をつなげてみるところから始めて、会話のネタを作っておく。披露するかどうかは、二の次。でいいのかなと思います。
ま、しかし。利休好みの人に、秀吉が好みそうなものを提案しなかったら、「なんであのキラキラを提案してくれなかったのよ!!」と嫌味を言われたりするのも着物屋です。お客さんは想定通りの人なんていないのです。利休も秀吉もどちらも好きな人はいるのです。
最後までお読みいただきありがとうございました。

