前回の記事を書き出したときに気づくという失態。
10回という節目の美山窯元祭りがすーっと終わりそうだったので振り返ろうかなと。
毎年、11月3日をはさむように3〜5日間と開催されてきた窯元祭り。
多いのは「金、土、日」の3日間だったと思う。
日曜に終わって、月曜に美山の店舗の人たちや役場の人たちと祭りの後片付け。
今年もそんな感じ。朝9:00から作業開始。
まずはのぼり、看板の回収。
のぼりも100本以上立てるし、看板もいろんな種類のものを何十個と
遠くまで立ててるから何班かに分かれて回収していく。
ギターの田中さんは小回りの効く愛車のバギーで美山内ののぼり回収。
美山外は、国道3号線沿いや、伊集院IC前、美山IC前、伊集院銀天街あたり、
農面道路-飯牟礼方面-、とあちこちに点在させている。
男性2人組みで軽トラで乗って行って一個ずつ撤去作業。
、、、なんか後片付けを振り返るかんじですみません。
11月でも天気が良いと暑くて外作業が辛い。
今年はメイン通りののぼりは壽官さんが1人で軽トラ乗って撤去してた。
見慣れた光景だけど、最初の頃は「壽官さんもするの?」と驚いてたなぁ。
のぼりを撤去したら、祭りのときに陶芸体験広場になる敷地へ運び、そこで解体。
解体作業は女性が中心。
看板やのぼりの撤去は力仕事なのでやっぱり男性が多い。
男性陣はどんどんのぼり、看板を回収してくる。
女性陣は、のぼりの解体の他に、陶芸体験で使用された道具を洗ったり、
のぼりや看板を立てるときに使う杭を洗って渇かしたり。
解体したのぼりは来年も使用するため生地はクリーニングに出す。
ポールもまとめて倉庫へ片付けていく。
あ、その前に、倉庫を空にしてるな。
倉庫は3日間の陶芸体験でお客さんが制作したもので満杯になっている。
各窯元さんはそれを少しずつ手分けして自分の窯へ運ぶ。
祭りでは1日に200〜300と陶芸体験があるので、
絵付けのものやろくろのもの、手捻りのもの、振り分けて各窯元さんが焼成する。
とりあえず乾燥が済まないので、各窯元へ運び、一時保管していた倉庫を空にする。
そして、空になった倉庫にパイプ椅子を片付けたり、テントを解体して片付けたり。
のぼり、ポールを運んで、杭や陶芸体験の道具も入れていく。
テント解体や椅子を倉庫に運ぶのも男性がメインの作業。
私のような力のない男には辛い1日なのです。
祭り当日の話も少しすると、、、
美山窯元祭り当日は、各店の店主はボランティアに出ている。
窯元さんは陶芸体験の先生役が多い。弟は駐車場誘導係に出ていた。
私も3日間、自分の店の商いは妻にまかせ、どこかで作業している。
今回は朝マルシェの手伝いだったが、
以前は駐車場の車誘導&駐車料金徴収(300/1日)をしていた。
これが楽しかったころもあるなぁ。
不機嫌な態度を取る方もいれば、こころよく300円支払ってくださる方もいる。
駐車場係のボランティアのときは、支給される弁当も5分で食べなきゃいけなかった。
人手が足りなくて、若手は大きな駐車場の方へ回される。
窯元祭り会場近くには小さな駐車場しかないから、そこが満車になると
だんだん遠く離れた駐車場の方へお客さんも私のような若手も回されるのだ。
メイン会場から遠いところは駐車場が広い。
それを「あと何台入るか?今、◯台出て行ったから◯台入れよう」とか
考えながら誘導していくのが楽しい。
各駐車場が満車になれば、あとは出入りを把握しておけば楽なのだが、
満車になるまでは走り回って車を誘導してた。
誘導しては300円を徴収。それの繰り返し。朝9:00から16:00まで。ほぼ立ちっぱなし。
体力仕事。慣れないことを楽しんで、夜は身体が悲鳴をあげて20:00就寝。
熟睡できぬまま次の日もボランティア。それが3日間続く、そんな美山窯元祭り。
そんな3日間のあとに、間髪入れずのぼり、看板の撤去やテントの解体などの重労働。
、、、、よく10回もやったなと褒めたい。
、、、いや、美山の人たち、よく32回も続けましたね。
日置市の職員さんたち、本当に感謝してます。
ありがとうございました。
、、で、月曜の後片付けの話に戻りますが、
昼食は皆で輪になって弁当を食べる。
テント解体して倉庫に片付けたら、最後に皆でゴミ拾い。
ゴミ袋を持って、軍手をして、歩きながら、ゴミ探し。
私は、新しく開通したバイパスを歩きながら国道3号線方面へ下って
ゴミ拾いをした。
重たいものを運んで、長い距離をあるき回って、腕も足もパンパンなまま
ゴミ袋を片手に道路の脇を歩きながらゴミを集めてまわる。
これがまたここちよい。
限界の身体にムチを打って、それが快感に変わっている。
1人で黙々とゴミを拾い、歩き続ける。
吸い殻が多い、空き缶、ペットボトルの投げ捨て、
今回はファミチキの袋をやたら見たなぁ。私もファミチキ好き。
皆それぞれ1人でゴミ拾いするので、燃えるゴミも燃えないゴミもとりあえず
全部1つの袋に詰めていって、さいごにゴミ袋をひっくり返して仕分ける。
そんなゴミ拾いの楽しさも美山窯元祭りで知ったのかも。
終わったのが16:00前だったろうか。
全ての作業を終え、壽官さんの締めで「あぁ、終わった。」と思える美山窯元祭り。
ここまで書いて、
店主側は裏方なんだなと改めて思う。
店がどうとか、商品がどうとか、あのイベントがどうとか、よりも
何気ない、目立たない作業の方に目がいく。
そして、店主たちは自分の店がどうなっているかも知らないし、
他の会場がどうなっているかも知らない。見に行く暇ない。
自分の作業をするだけ。
そしてそれは美山に住むボランティアに参加する人たちも同じ。
自分たちの町の祭りは、おもてなしをする側にまわる。
自分たちは盛大な祭りを客としては楽しめない。
当たり前だけど、せめて美山住民の人たちが楽しめたらなという思いがある。
それを解消するために朝マルシェみたいなものが立ち上がったところもあるけど。
美山窯元祭りのマイナスイメージで以前から言われることが、
「祭りのときに作り手から直接買いたいのに、作り手が店にいない。」
それは美山の窯元祭りの良い部分と悪い部分。
美山住民がボランティアで作業してくれるのに、
店主が売上のために商いにたてないという思いは納得。
しかしそれが、お客さんが作り手から直接買えない状況をつくってる。
だから朝マルシェでは、作り手はお店にいて、
朝マルシェに出店する店舗は美山外の店ばかり。
今後はマルシェのあとに各美山店舗へ流れるような導線企画も必要だと思ってる。
、、話が脱線しまくりでしたが、10回も関わっているといろんな思いがある。
当たり前のように毎年開催されているけど、美山に人がいなければできない。
人手が減っている今の状況で、今後も続けられるかわからないけど。
続くかぎり、私は底の方で何気ない作業を楽しみたい。
いつでもでっかいことをしようと思わない。
いつもどおり、大変なことが来年もできたらいいなと思う。
コメント