まとまらないまま放り出す

着物のこと

こんばんは。ヒロシです。

10月もどんどん進んでいきますね。なんとなく田舎が賑やかになってきた感があるのはたぶん「稲刈り」のせいだろうと思ってます。

わたしも先日お手伝いをしてきました。

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台風の情報が出た頃でしたけど、雲ひとつない良い天気で、作業するには本当に辛い陽射しで。。2日間ほどお手伝いしてきましたが、次の日からダウンしましたね。。体力ないわ〜

この稲刈り作業をあちらこちらで見かけまして、町が動いてるなぁという印象です。それに加えて草払いをしたり清掃したりと身体を動かすことが多くなってきて嬉しいことです。クタクタになって帰ってきますが、身体を動かして疲れてビール飲んで寝る。最高です。真夏はなかなか動きたくなかったけど、今の時期は本当に動きやすい。朝日が昇るのが遅くなっていくのは少し嫌なんだけど、この季節の心地よさがあります。

さて、着物のこと、発信したい。。これから着物仕事をどのようにしていこうかな〜とずっと考えてますが、ぼんやりと少しずつ頭に描けてきたのでここで紹介しておきます。

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着物を着ない人のための着物屋

これから、「着物を着ない人のための着物屋」というキャッチコピーで、着物タンス整理しませんか?と呼びかけていきたいと思ってます。

念のため言っておきますと、もちろん「着物を着る人のための着物屋」もお仕事します!が、着物を着ない人のための着物屋という天邪鬼なキャッチコピーで差別化を図ろうという魂胆です。わたし、知ってのとおり根が曲がってるんです。まー、正攻法では知ってもらえませんし必要とされませんからね。。

天邪鬼キャッチコピーの理由

いえ、冗談です。。一応、ちゃんとした理由があって天邪鬼キャッチコピーでいこうと思ってます。着物を着る人のための着物屋はレッドオーシャン!競争相手が多数。鹿児島だけでなく、全国の着物屋さんと争う形になります。「そういうのヤダ。。」ってことで考え出したのです!

お客さん宅へ行った際に、着物はたくさんあるのに「もう着ないのよ」と言われ続けてきたんです。そのとき「いや、ぜひ着てくださいよ!」と言い続けてきましたが、「着ない!」と言っている人に着てもらうことも大事なお仕事だけど、着ないと言ってる人が着ないけどたくさんの着物どうしよう??と悩んでるときに手伝える形があればいいのになぁとずっと前から考えてました。

「着ない!」と言っている人の着物を処分する。買い取って新たに販売したり、古物商の営業許可を持って取り組むことも考えたのですが、新品の着物を扱いながらそれをすることへの抵抗があって取り組めませんでした。古い着物を買い取って在庫として販売することはとても難しいと感じてますし、自分たちのオススメの着物だけ買い取れるわけではなく、基本的に「処分したい着物」は大まかに見て価値がもうほとんどないものばかりなんですね。そんなモノを市場の中で「価値がない」と判断して値段を安くつけて買取り、利益が出るように「上乗せ」して販売する。そのことに自分が関わることがなんとなく「不向き・違和感・ヘタクソ」だと感じてます。

物質的な満足から精神的な満足へ

なぜなら、市場の中で「価値がない」と判断しちゃうけど、処分を考えている人にとっては、自分や自分の親・親戚・身近な人が着ていた着物ってだけで思い出があって大事なものなはず。大事じゃなければ悩まずに処分すればいいだけです。わたしたちに声がかかる場合って「着物を大事に処分する方法がないか??」というとても難しいことを投げかけられていたんじゃないか?と推測するんです。大事なものに「市場の中で価値がないから〜」と値段をつけて買取ることは気が重い。。わたしがすることはできないと結論づけました。

なので、市場では価値がないけど「価値があるものとして着物を整理しよう。」

〜タンスに眠っている着物は、誰が着ていたものですか?もし親が着ていたもので、そのまま処分するのが気が引けるのなら、身近に置いておけるものに形を変えて取っておけばいいじゃないですか〜

そんな提案をしたい。絵画のように飾っても良い、着用できるものに形を変えても良い、子や孫の着用するものに形を変えることも良い、もうこの世にいなくなってしまった親が着ていたものなら、そばに置いてあるだけで見守ってもらえているような、そんな心を形にするお手伝い。

それは、モノ自体には「価値がない」かもしれないけど、そこに自分の身内や思い出が関わっていて「価値がある」モノになっています。物質には価値がなく、思い・つながりの中に価値があります。物質の価値じゃなく、精神的なものに価値を見出して、それを大事にしよう!ということを伝えていきたいなぁと考えています。

小売業をずっと営業してましたけど、だんだんモノが売れなくなっていったんですが、物質的な満足っていうのが飽和したんだと思うんですね。

戦後からバブルへ向けて、モノが無い時代からモノが飽和する時代へ向けて進んでいったわけですが。モノだけ紹介していても価値がないから、だんだん精神的な価値を持たせるように商品を作っていったんですね。それが「日本の伝統的なもの」とか「モノが生まれるストーリーがドラマティック」だとか、”語れるモノ”じゃないと売れなくなっていくんですけど。

インスタグラムを見てても、最初は「ステキな写真」だけで評価されていたものが、だんだん評価されなくなり「語れる写真」「写真について語る」「写真SNSなのに文字・文章が大事になる」「写真だけじゃ差別化を図れず、独特な文章で差別化を図る」そんな風に変化してるなぁと感じてます。

モノだけじゃダメで、モノに付随する精神的な面・思い・心が重要になってますよね。目に見えるモノの重要性よりも、目に見えないモノの重要性を考える機会が増えてる気がします。どこにでもあるような写真でも「どんな思想・どんな考え方を持った人が発信したものなのか」が重要になってて、それを消費者も求めてます。

物質的な欲求(機能性とか)を満たすのは、メーカーさん・作り手さんのお仕事で、わたしのような何も作れない小売業者は「精神的な欲求を満たす」ために動かなければいけないんだと。そう言い聞かせております。

 

えーと、なんかまとまらないままとりあえず放り出してみます。このまま。ちゃんとまとまらないけど、発表して、また書いて、まとまってくるんじゃないかな。

物質面の欲求より、精神面の欲求に答える。そんな感じで、着物を着ない人のための着物屋を、なんとか、お困りごとを解決できないかな〜と。

まだよくわからないこと言ってますが、よろしくお願いします^^;

 

 

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